しかのブログ

自分の頭の中身や感情を知る日記、日々メモ化。

罪悪感

色々と悪いことをしてきた。

小学校上がる前に文房具屋で万引きしたのが最初。

でもその悪いことが母を悲しませる行為だと理解していなかった。

自分が悪いことをしてその家族が悲しむってイコールになっていなかった。

バレずにやればいい。そんな風に認識していた。

姉の教科書を破いたり、落書きしたり捨てたり。

ぐしゃぐしゃにしたり。

姉のカバンの中を盗み見たり、あさぐったりした。

妹のカバンの中も見たし、財布からお金を盗ったりもした。

ケータイのメールを勝手に盗み見たり。相手を傷つける事で

「なんでそんな事するの?何があったの?」大人に聞いてもらいたかった。

理由があってやることを母に、父に、大人に聞いて欲しかった。

私は人の行動を把握するのが好きだ。

盗み見るのが好きだ。人のモノを盗むことが好きだった。

人が大事にしているのを見ると自分のモノにしたくなった。

他人の生活を覗き見ることが好きだ。

人が働いて得たお金を簡単に自分のモノにしてしまうのが好き。

それをやってきたら自分の家族が傷ついたりしてしまうことがわからなかった。

自分が癖になってやって、やめられないことがまわりの人を傷つけ、犠牲にしていると思わなかった。

私がやってきたことで家族や身近な人たちが心を抉るものとは気づかなかった。

今までしてきたことを許してもらいたいという気持ちがある。

それをしてしまうと余計傷つけてしまう。

私が謝ることで謝罪された人はさらに傷ついてしまう。

そういうこともある。

父が大事に使おうとしたお金も財布から抜き取ったり。

母の生活のためのお金も抜き取ったり。

祖母の大事な年金を財布から盗んでしまったり、

大事なバス券を金券ショップで勝手に換金したりした。

読んでるととても自分のしてきたこととは思えないぐらい。

他人事と思ってしまう。自分がやったこととは違うように認識してしまう。

辛い。

自分がしたことが人を傷つけていて、それを言葉で謝ることも出来なくて、

謝る相手はもうこの世にいなくて、謝ることも出来ていない事って許す・許される以前のことだ。

生きている限り、謝れない。

謝罪が出来ないことは赦しを得られない事なんじゃないかと感じている。

自分のしたことを思うとしてきた事の分、罪悪感で返ってくる。